菊池章子「星の流れに」

 昭和21年8月29日、42歳の作詞家清水みのるは新宿駅近くの安酒場で、いま買った毎日新聞を読んでいた。
 ふと、右下の読者欄に目がとまった。看護師(21)からの投書は「顛落(てんらく)するまで」とあった。
 
中国・泰天から着の身着のままで引き揚げた「私」は両親を亡くし頼る人はなかった。やっと待合の賄い仕事を見つけたが、女主人から体を売ることを強要されて逃げ、上野の地下道にたどりついた。3日間、食べるものもなく飢える寸前、男が握り飯二つ差し出した。次の夜も男は握り飯を持ってきた。「話があるから」と公園へ誘われた。「それ以来私は『闇の女』と人からさげすまれるような商売に落ちてゆきました」 
 
引き揚げてから3ヶ月間の出来事を淡々と書いてあった。
 清水は何度も読み返した。怒りがこみ上げてきた。「これは現実であり、人生であり、生きた感情であり、のっぴきならない女性の涙の訴えだった。詩情に動かされていった」作家の衝動だった。
 その日の深夜、東京・武蔵境のアパートで彼女の「墜ちていった世界」を思いつくままメモにとった。翌日、上野周辺を遅くまで歩き回った。雑踏に並木路子・霧島昇の「リンゴの唄」が屈託のない明るさで流れていた。清水の無二の親友、サトウハチローが作った「戦後初のヒット歌謡」である。
 1年3ヶ月後、歌手菊池章子のレコード「星の流れに」が発売された。敗戦国の実態を真正面から取り上げた、例のない「ドキュメント歌謡」である。
 「こんな女に誰がした」の繰り返しに、清水は戦争で転落を余儀なくされた女たちの悲しみと恨みを込めた。菊池の投げやりな感じの声は、その思いを的確に表現し、流行語になった。戦後の夢が「リンゴの唄」なら、対極の「現実」だった。
 菊池の絶唱は行き場のない女性たちに口ずさまれ、共感が広がった。
 菊池は晩年まで繰り返した。「この歌にある悲惨な時代は遠い過去ではありません。平和ないまの、ほんの少し前の出来事なのです」

                    朝日新聞 うたの旅人より抜粋

星の流れに身を占って
何処をねぐらの今日の宿
荒む心で いるのじゃないが
泣けて涙も 涸れ果てた
 こんな女に誰がした

煙草ふかして 口笛ふいて
あてもない夜の さすらいに
人は見返る わが身は細る
町の灯影の 侘びしさよ
 こんな女に誰がした

飢えて今頃 妹はどこに
一目逢いたい お母さん
唇紅哀しや 唇かめば
闇の夜風も 泣いて吹く
 こんな女に誰がした


http://youtu.be/3KVQNht1w1k

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この記事へのコメント

ゴルフ初心者
2009年10月11日 16:30
奥深い歌に込められた思いに驚きました。
通りすがり
2009年10月11日 19:47
何とも哀しく切ない
港区カモメ
2009年10月14日 17:36
歌の題名から歌詞から想像を超える、悲しい物語が秘められてるんですね。
いつの時代にもどこの国でも、戦争は決してゆるされることではないですね。。
おやじギャル
2009年10月14日 20:52
やりきれないね
戦争は愚かだね
(‐o-;)
k☆
2009年10月14日 21:32
この歌は聞いたことあります。でもこんな深い話が込められてるとは…思いませんでした。
2012年04月23日 21:19
私は東京の墨田区で生まれ育ちました。東京大空襲で大きな被害を受けた地区です。「星の流れに」は始め「こんな女に誰がした」という題でしたが、進駐軍からのクレームで変えられたと「歌の旅人」にも書かれています。敗戦時私は小学2年でした。幸い我が家は空襲を免れましたが、家の周りは全て焼け野が原でした。家の近くにあった旧両国国技館が進駐軍のダンスホールになっていました。そのころ進駐軍相手の売春婦の事を「パンパンガール」と呼んでいました。戦争で父親や男兄弟を失った、友達のお姉さんやお母さんが、パンパンガールになって子供達や弟妹達の食い扶持を稼いでいたのです。彼女達は、故近衛文麿の発案によるR・A・A(国際親善慰安協会)の出身者です。R・A・Aは占領軍将兵にセックスの慰安を行い、焼け出されなかった良家の子女達たちの貞操の防衛を行う組織なのです。このR・A・Aに対して内務省から大蔵省を通じて日本勧業銀行が5千万円を貸し出したのです。まさに国家売春組織です。この頃一流会社の課長の月給が100円位だったそうですから5千万円という金額がどの位のものか想像できると思います。R・A・Aは銀座通りに「女事務員募集。年齢18歳以上25歳まで。宿舎・被服・食糧など全部支給」と云う看板を掲げたそうです。(「みんなは知らない」小林大治郎・村瀬明著 絶版より)食べるものにも困らない裕福な家庭の子女のために焼け出されたり外国帰りの女性たちが犠牲になったのですね、今韓国で従軍慰安婦問題が問われています。私は「星の流れに」に歌われている女性たちは日本人による「米軍慰安婦」だと思っています。カラオケでの私の持ち歌は勿論「星の流れに」です。歌の前に必ずこれから反戦歌「星の流れに」を歌います。と言いますが、説明しても理解してもらえなくて、残念ですね。
石じいさん
2012年04月23日 22:11
戦争の悲惨な現実と事実が永遠に語り継がれると良いと思います。私も時々「星の流れに」を歌います。

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